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2013
02.05

今日は笑顔の日と双子の日

Category: 善徳女王関連
なんだそうです。

ということで、『馬医』から敵も味方も笑顔だよvな現場写真を一枚v

さぶいねんけどなあ・・・

チニョンさん、インジュさん、ピースしてかわいいにっこり笑顔ですv
でも、すまぬ。記念撮影のために背中丸出しのまんま放っておかれている、手前の患者役の方がさっぶいのにぃwと気の毒に思いながらもそっちに注目して笑っちまいました。


続きからは、善徳の双子について少し…。




Gyao!で配信されている『善徳女王』で、チョンミョン公主が亡くなってしまいました。
Gyao!の視聴された方のコメント欄をちょこっと読ませてもらっては、感想ってやっぱり人それぞれあるなと思ったりしています。その中でチョンミョンが亡くなるときに見る月に関して話されているものがあって、私自身、この時の時系列のことを全く気にせずに見ていたことに気づかされました。(そういえば時系列って気にしていたっけ…あれ?)
そしてちょっと考えたんですが、チョンミョンが最後に見たあの月は、夜になったことを表しているんではなく、チョンミョン自身が死を悟り、チョンミョンという聖骨の死を意味するものではないでしょうか…。月そのものに死を意味するものがあるかどうかはよく分からないのですが、太陽が沈み、月とともに還るというようなイメージで。あまりうまく説明できないんですが、あの月を見たのはチョンミョンだけですし、あの場面で見える月はそんな象徴なのでは…と思いました。

チョンミョンを助けるため、ピダムと共に解毒剤を求めにいったトンマンが、チョンミョンの亡骸に対面し慟哭する場面。この時のトンマン「オ・・・ オ・・・」と言葉になりません。ドラマを見続けていますと、単語は少し理解できるものが出てきまして、ふと、トンマンの言葉にならない「オ・・・」は、トンマンがチョンミョンの願いにどうしても応えることのできなかった「オンニ(姉さん)」だったのではないのかな…と。一度でも「オンニ」と呼んでしまえば、ただでさえ別れがたくつらいのに、本当に別れられなくなってしまう…。そんな気持ちからなのかどうかは分かりませんが、トンマンはどうしても口にすることができずに寸でのところで飲み込んでしまった言葉なのでは。
幼い頃から体の弱い母を支えてしっかり者だったトンマンは、自分がなんのために狙われ、その為に大事な母を亡くし分けもわからないままにしては置けず、自分は誰なのかを探るために極力自分の正しい情報を明かすことなく生きてきました。自分自身を出す術を自分でも気づかないままに、どこかに置き忘れてきてしまったかのように、不器用なまでにできなくなって育ったのではないでしょうか。そのため大事な存在であることを意味する「オンニ」という言葉は、トンマンにとって、自分自身のすべてを表すようなものであり、チョンミョンの亡骸を前にしてもなお、上手く口にすることができなかったんではないかと思います。それ程チョンミョンの、オンニという存在、オンニという言葉は、トンマンにとってかけがえのないものであったと感じます。
3日間熱を出し寝込んでしまった後、「オンニということくらい簡単なことだったのに…」といいますが、簡単なことを簡単にできなかった大事な人を亡くしたトンマンの慟哭は、居たたまれない気持ちになります。
でも、そんなトンマンでもまだ、この時は、声を上げ、叫ぶように嘆き悲しむことができたのだな…とも思います。悲しい場面は分かっていてもつらく切なくなりますね…。

トンマンとチョンミョン、ムンノに会う同じ目的のためにマンノ郡にいて出会いました。深い縁があるにもかかわらず、初めからその関係がしっくりと意気投合したわけではなく、なんだコイツ!というような感じで始まり、少しずつ絆を深め、やがて三世の誓いをするまでになります。双子という知る由もない縁だけでなく、トンマンとチウン尼として出逢って、信頼を築いていき、だたの友達として気兼ねなく話をしていた頃の二人が好きです。
私個人的には、トンマンと逢引するチウン尼の姿のチョンミョンが、とっても可愛らしくって好きですね~


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