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2012
11.29

クイコ…ルイルイ

Category: 未分類
・・・て言ったら「ルイルイ♪」て踊れる人、は~いv
ええ昭和のかほりを漂わせる古い事しか頭に浮かばない~。

朝鮮時代の『馬医』のドラマを観ているのもあって、今まであんまり喰い付いていなかった朝鮮時代の衣装についての本を図書館で借りてきました。『朝鮮王朝の衣装と装身具 (張淑煥著 原田美佳他訳)淡交社 』というほとんどカラー写真で色鮮やかな衣装と装身具を紹介しています。
そしたらですね、その本の68ページに、おう!これはまさに《クィコルイ》ではないのか!?っていう耳飾りが載っておりました!

クィコルイ

りばさんのところで紹介されていた、モニカ・ベルッチさんがされているクィコルイの宝石を連ねたなが~い垂飾り部分に対抗するするかのような寸法45㎝、フック部分からなのか垂の房の長さだけなのかわかりませんが、赤い長~い房が印象的な耳飾りがいいですねw
作品リストによりますと、これらは梨花女子大学澹人【タミン】服飾美術館所蔵品とのことです。



残念ながら、耳飾りという表記だけで、「クイゴリ」や「クィコルイ」ともハングル表記もないんですが、S字フックのような形状で耳に引っ掛けるタイプの耳飾りとして紹介されています~!
この本の耳飾りは19世紀のもので、左から「銀琺瑯(ぎんほうろう)耳飾り」、「錦貝耳飾り」「蜜花耳飾り」で、天桃(天上界になるとされた桃)という長寿を象徴する形をした飾りで、婚礼や儀式に用いられたものだそうです。
翻訳機にかけてみましたところ、「銀琺瑯耳飾り(은법랑귀걸이)」 「錦貝耳飾り(비단조개귀걸이) 」「蜜花耳飾り(꿀꽃귀걸이)」 となって、耳飾り部分と思われるところは3つとも「クィコルイ(귀걸이)」で訳されました!

また、この本の耳飾りの説明では、朝鮮王朝初期までは男女とも耳たぶに穴をあけてピアス状のものをしていたが、儒教の教えが強くなり、体に傷をつけるのは儒教の倫理に反するということで、1572年以降は男性が耳飾りをするのは廃れていき、女性は班家の婚礼や儀式の盛装時に耳に引っ掛けるものをするようになった・・・とありました。

◇クィゴリ(귀고리)・・・귀=耳 고리=輪
◇クィコルイ(귀걸이)・・・귀=耳 걸이=掛け

私が閲覧した「韓国服飾文化事典」にあった「クィゴリ(귀고리)」は、耳にかける装身具で、耳に穴をあけて通すものと耳介にかけるものとがあって、基本的に耳に取り付ける環と中間飾り、垂飾りの3部分からなり、環の太さにより太環式と細環式に分けられる。という説明でした。この本のクィゴリのハングル表記は「귀고리」です。
また、耳飾りは男女の区別なく先史時代から獣の角や美しい石を耳たぶに穴をあけて取り付けたとありました。
「韓国服飾文化史」はうちの最寄図書館になくてですね、りばさんのところでの、りばさんとmukugeさんとの間でハングルを分解したりして「クィコルイ」についてのお二人のやり取りをほおお!とすごく興味深く読ませていただいてまして、「クィゴリ」は普通の耳飾りもしくはピアスを指して、「クィコルイ」は掛け耳飾りを指すんじゃないかというやり取りに、そういうことなんだろうなあと思ってました。

この朝鮮王朝の本をみますと、言葉だけでいうと「クィコルイ」というのは、朝鮮王朝中期以降に耳飾りの種類を表す言葉として新たにできたもので、一般的な耳飾りを表すのは「クィゴリ」ってことなのかなあと。
「古代のクィコリのように耳垂を貫きはめているようになっているものではなく、クィコルイをつくり耳の上にかけるようになっていて…」
の文章を写真の耳飾りで当てはめると、「クィコルイ」は耳にひっかけるフック部分を指してその特徴を表している耳飾りってことなんじゃないかと。
コメントに行こうかなあと思ったんですが、写真を見てもらって…と記事にしてみましたー。

んで、肝心の太鐶飾(テファンシク)の付け方なんですが、この現存の「クィコルイ」からこういう付け方の発想は三国時代の新羅でもあったんじゃないかと推測されますし、出土された太鐶飾(テファンシク)の精巧な細工からして耳に引っ掛けるフックを作る技術は充分にあったと思われまする~。太鐶飾を身につけられたのは王族貴族のなかでも限られた少数の方々という身分の高い方の、重くて太い太鐶飾を耳穴をあけずに身に着けたい願望や我儘にあわせて創意工夫されたとあってもおかしくないですよねえ。
「朝鮮服飾考」の本の中でも、太鐶飾に合わせて耳穴を大きく開けてつけてたとは考えにくいようなことが書かれていました。このあたりはやはり推測の域を越えられないのでしょうか…。

それにしましても、日本では耳飾りや指輪といった装身具を身に着けない平安時代以降から明治大正時代あたりまでの空白期間があるのに、海を隔てたお隣では儒教という宗教観念によっても耳飾りをつけることがなくなることはなく、装身具を身に着けることが途絶える時代がないっていうのは、実に興味深いですねw


ちなみに、象徴としての文様てことで、文様について書かれたページがあるんですが、その中の「鳳凰」について、「鳳」が雄で、凰が雌である。とだけありまして…、鳳と凰の二羽一対で鳳凰の文様なのか、一羽で雄雌の両性を持ち合わせているのか、どっちなんでしょうかねー。ムンノがみたマヤが連れ去られようとする御輿に入っていった鳳凰は「凰」のほうだったんかいなーなんて思ったり。
そしてやはり王妃を象徴する文様とあって、王妃になることにこだわり続けたミシルの燃える闘魂を表すのにこの文様はミシルに欠かせなかったか…と納得したりしつつ、いつから象徴として扱われるようになったかということは触れられていないのが残念でしが、鮮やかな衣装と装身具をパラパラとみるのには楽しい本でございました…。


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コメント
踊りながらやってきました、げんさんこんばんはーv
クィコルイという文字を見たら首をつっこまずにはいられない私ですが、クィコルイが私を呼んでいると思いつつ、「韓国服飾文化事典」を自分でもちゃんと見てみてからお邪魔しようと思ったのに、市内の図書館どこにも置いてませんでしたー(泣)ああいうお高くて買えない本こそ図書館に置いてほしいのに。

「朝鮮王朝の衣装と装身具」の写真綺麗ですねー。この梨大博物館のクィコルイの写真白黒では見たことあったんですが、やはり色彩も模様も綺麗ですね。この本は図書館にあったので借りてみますv

で、つまりりばさんが最初に記事にされた原点に戻って、耳掛けタイプの耳飾りはクィコルイってことでファイナルアンサーでいいってことでしょうかね?
その耳掛けタイプのものがいつからあったのか読めば読むほどこんがらがってわけわかんなくなっていたんですけど、これまでに出てきた本やげんさんのお読みになったその本で「朝鮮時代女性は班家の婚礼や儀式の盛装時に耳に引っ掛けるものをするようになった」と書かれていたことを参考にむりやりまとめてみると、もともと三国時代にあった耳掛けタイプのものは、高麗時代に元(蒙古)の風習が入ってきて耳に穴をあけて耳環をとおすタイプのものに変わったが、儒教の影響により朝鮮時代になってまた耳掛けのタイプのものを使用するようになった、と考えていいのでしょうか。

でも不思議なのが三国時代太環飾や細環飾をフックにひっかけて耳に掛けたとして、フックの部分が一緒に出土してもよさそうなものですが、博物館で展示しているものや資料に載っているものには不思議なくらいフックのついたものはないんですよねー。フックの部分は腐敗してしまい現代まで残らなかったような原材料を使っていたんでしょうか。糸でつるすという話もあったので、それだと腐敗して残ってはいないのが納得できるんですが。

ちなみに載せてくださった朝鮮王朝時代のクィコルイって結構カーブが急ですよね。ためしに針金があったもんで自分の耳にかけて自分でクィコルイを作ってみましたが、こんな角度にはならないんですよー。私の耳の根元が大きいのか、昔の人は耳の根元が小さかったのかw
mukuge(むくげ)dot 2012.12.04 21:31 | 編集
お呼びしてしまいました~、mukugeさん 今晩はv

私のところでは「韓国服飾文化史」少し離れている図書館にあったんですが、参考図書で貸出不可なんですよw「韓国服飾文化事典」も同じで 、下着の「パジ」が「○○パジ」と種類別にちょっとした挿絵付きで載ってたりするんで気になるところをコピーしてます…。ただ索引が韓国語読みのカタカナ(日本語訳つき)でアイウエオ順になってるんで、耳飾りが「クイゴリ」って知ってなきゃなかなか探しにくいっていうのが難点です~

>不思議なのが三国時代太環飾や細環飾をフックにひっかけて耳に掛けたとして、フックの部分が一緒に出土してもよさそうなもの・・・

そうですよねw!「朝鮮服飾考」では細環飾は耳穴に差し込みしやすいように環の部分が少し開いているようなことが書いてあるんですが、細環飾の写真をみる限りやっぱりフックや糸や鎖のような耳に引っ掛けるものが必要なんじゃないかって思いますし、太環飾と一緒に耳に引っ掛けるものが出土されてもおかしくないですよね。引っ掛けるものの素材が腐敗してしまうものを使ってたなんて耳飾りの造りが精巧なだけに釣り合わない気がします。フックのようなものがなくても、糸も金糸だとか鎖を使ってたとして金細工のものだったと思うんで何かしら残ってると思うんですが…。

「韓国服飾文化事典」には、新羅と百済のクィゴリは芸術性が優れているが、高句麗のものは様式が単純らしく高麗時代は身分や男女に関係なくつけられていたが様式は新羅、百済のものより落ちるとだけ記述がありました。
耳掛けタイプのものがいつからあったのか?は、耳飾りの形状からして三国時代からあったと思うんです。統一新羅、高麗時代を経て耳飾りの造りの主流がピアスタイプになっていったんじゃないですかねw
そして宣祖5年(1572)に男性のクィゴリ禁止令というのが出されて、女性のみ儀礼時に耳掛けタイプのものの耳飾りが残った…んじゃないかと。あくまで推測になっちゃうんですが。

>朝鮮王朝時代のクィコルイって結構カーブが急・・・

ふふ。さすがmukugeさん、針金で作ってみたんですね~(笑)私も電気コードを止める針金を丸く曲げて耳に引っ掛けてみて輪っかの長さを測ったら約7センチでした。(私の耳は小さいんで耳の根本も小さいと思われますが)
いや、私もクィコルイです!って記事をあげてからもしばらく本をながめててフック部分少し小さいかな?もしかしたらピアスとして耳穴に通せるかもって思ったんですが、本に載ってるサイズが実際のサイズより1/3になっているようです(赤のフサフサは寸法が45㎝となっていて、本のサイズはフック部分を入れてだいたい15センチでした、他の二つの寸法は約10センチです。画像クリックしたら画像サイズ大きくなります)ので、フック部分を3倍にしてみたら約9センチとなるんでカーブが急でもなんとか耳に引っ掛けられるんではないかと・・・。
本を借りられたら見てみてくださいv隣のページには指輪(カラクチ)の写真がありますよ!
なので、「耳掛けタイプの耳飾りはクィコルイ」ってことだと思うんですが、ファイナルアンサーってわけじゃないですよォww(笑)



げんこつdot 2012.12.06 23:52 | 編集
ライフラインのテレフォンには、自家製(笑)イヤフックまで作ってみてるお二人にお願いしたく・・・!

お呼ばれしておきながら参上するのが遅れましてすみません、げんさん今晩は~w

さて図書館に行く用事があったので、『朝鮮王朝の衣装と装身具』をパラパラとめくってきました。おお、これ以前にも手にとった事が。国を問わず民族衣装のヴィジュアルブック大好きなんで。でもここに目をとめてませんでした・・・!

カラーページを近々と眺めますと、天桃の飾りの部分が、すごく綺麗でした。天桃といいますと、孫悟空がごっそり勝手に食べまくったというアレですかね~?んでこのなが~い房飾りがついた耳飾りが「婚礼や儀式に用いられた」と伺ってそっかそっか~!と納得です。

ドラマでも、ここまで長くないですし「髪飾り」でしたが、房飾りがついてたのは(覚えてる限りでは)トンマンの公主承認式の衣裳と、ヨンモの花嫁姿でしたので、時代考証というよりは、現代アレンジミックスとして、な気もしますが特別な席だから房飾りをつけたんじゃないかな~とw

さて問題のクィコルイですが、(ていうかここまで問題にしてるのは3人だけかもしれませんが・笑)結局ひっかかるのは太鐶飾をどうやって身につけていたのか確証がないって事なんですよね~。

あれだけデカくて重そうなものを構わずピアスでつけていた可能性もゼロとは言いきれない。耳かけ式でつけてたなら、mukugeさんのおっしゃるようにかけるのに使った道具が残ってないのは何故か、という事になりますし。ただ、ピアスでつけてたなら耳に通す部分の針金が一緒に出土してないのは何故だって話にもなりますね。嗚呼堂々巡り・・・

つまり、三国時代にもイヤフックはあった!!使っていた!という証拠が欲しい。それに尽きますね。もしどこぞの遺跡でそのようなものが発見されたり、新たに文献が見つかったら、興奮のあまり鼻血出しそうな人が日本に3人はいますよね、てことで、強引に話をしめさせて頂きます・・・!!
りばdot 2012.12.11 00:25 | 編集
りばさん 今晩はー!

『朝鮮王朝の衣装と装身具』、王様や妃の衣装だけでなくて婚礼衣装なんかも載っていて色鮮やかで目に楽しい本ですよね~。閲覧のみですが、分厚くでかい各国の服飾関係の歴史の本もパラパラとめくるだけでも面白いですし、日本やお隣の女性の髪型の変遷だけでも興味深かったりしますー。

クィコルイの天桃の飾りの細工きれいですよねw
孫悟空ww!漫画では確か天界に生ってるお豆さんをボリボリ食べて元気モリモリになってたっけ~と思い出しました~。昔の梨や桃は今の大きさと違って、梅の実くらいのとても小さな実で固く酸っぱかったようなことを本で読みましたが、孫悟空が食べたって言われる桃は「蟠桃」っていうちょっと変わった形をしている品種ってググったらでてきまして、なんか食べて不老不死気分を味わいたくなっちゃいましたよ・・・。

>結局ひっかかるのは太鐶飾をどうやって身につけていたのか確証がないって事なんですよね~。

そうなんですよね、結局耳に引っ掛ける道具はこういうもので、こうやって身に着けていた!っていった確証となるものがわからないんで、話がぐるぐる回るだけでファイナルアンサー出せないんですよね・・・。
日本で太鐶飾の身に着け方にひっかかっているのが3人いるってことをお隣の方たちが知ったら驚かれたりするんでしょうかねw
「귀걸이」(クィコルイ)で検索してみたら、お隣でも太鐶飾の付け方を質問しているのをみつけたんですが、その回答はファイナルアンサーになるようなものでもなく翻訳内容自体ようわからんwな内容なのが残念でした。でも同じような疑問を感じる方がいらっしゃったようです(笑)
http://ask.nate.com/qna/view.html?n=5025413

いえこちらこそw朝鮮時代のクィコルイの写真を見つけたー!って嬉しくなっちゃったところもあってお呼びたてしちゃいましたんで・・・、話をしめていただいてありがとうございましたww!
げんこつdot 2012.12.13 21:46 | 編集
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