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2012
10.06

興味深きことで・・・ ☆ちょこっと訂正してます☆

Category: 未分類
10月2日の朝☆/新聞に、オーストリアの大学が15世紀に作られた『世界最古のブラジャー』が発見されたと発表したという記事が載っておりました。

以下、記事の抜粋と引用をしております。

アルプスの険しい峰々が連なるオーストリア西部チロル地方。その中心市インスブルックの南にある古城で2008年夏、改装作業中に3階の床下から大量の布切れや革靴に交じってブラジャーが出てきた。インスブルック大学の考古学研究チームが分析したところ、全部で4種類あった。放射性炭素を使った年代測定の結果、1440~85年ごろのものと判明し、大学は「現存する最古のブラジャー」と発表した。



4種類のブラのうち2つは、シャツの胸部に乳房を収めるカップを縫い合わせた形。後2つは、今のビキニやカップrとコルセットが一つになった「ロングラインブラ」とよく似ているとのことで、サイズは「Cカップ」だとか。
**シャツにカップを縫い合わせた形ってのは、ユニ☆黒で流行ってるブラットップというイメージでいいのでしょうか…。おお!便利なものがずいぶん昔からあったんでしょうか!

黄ばんで破れていても、しっかりと形が残っている肩ひもタイプのブラの写真が載ってたんですが、ホント記事にも書いてありましたが、今のブラをほうふつとさせるもので、しかも背の結び目や側面の網ひもでサイズ調整ができるような機能付きで研究者をうならせたそうです。
でもって、カップのあたりにレースや刺繍が施されていて、上から服を着れば見えなくなるところにあえておしゃれをしているというのは、「当時の女性も自分や限られた親密な男性だけのために、下着のおしゃれを楽しんでいたのではないか」とみる研究員のコメントが載ってました!
**ふふ(笑)、勝負下着ってあったんでしょうかねえwwいつの時代も、自分の年代があがっていこうとも見えないところのおしゃれにも気を配らねばwwwいかんですね。

ただ、サイズ調整ができるようになっていておしゃれだけでなく胸にカップがジャストフィットするような機能まで考えてつくられてたんだ!とすご~い!と思ったのですが、当時は女性が胸を強調するのは「はしたない」とされていたようで、体のラインを美しく見せるという目的よりも、胸を小さく見せるためのサイズ調整に使われた可能性があるんだそうです。
**貧の私には強調しようにもwwなんですが・・・。上に着るものをきちんと決めるためには下着からちゃんと合ったものをすべきと聞いたりしますが、どちらかといえば当時の時代の風潮に対する対策としてこの時代の女性は工夫を凝らしたんですね、きっと。んー、映画「ブーリン家の姉妹」で(一番↓の【訂正とお詫び】をお読みくださいませ~汗)メアリー@スカーレット・ヨハンソンがアン@ナタリーポートマンのコルセットを編み上げブーツみたくひもをキュッキュキュッキュと締めていくシーンをふと思い出したんですが、そうするとアンのお胸が盛り上がって谷間がボンっ!て感じだったような~。サイズに合わせて胸を包むんじゃなくて抑え込むためでも、レースをあしらったりしておしゃれを楽しみつつもなかなか苦労 が伺えるような気がします。

このブラが見つかった城は15世紀、聖職者から管理を任された地元貴族が住んでいたそうで、当時に3階を増築した記録が残っていて、ブラは2階の天井裏と3階の床下の隙間を埋める断熱材として他のごみと一緒に詰め込まれたものではないかと考えられるとのことです。
**身に着けていたものをごみとして捨て焼却するんでなくて断熱材としてリサイクルとは…。でもそのおかげで今日の発見に至ったんですから面白いもんですねv

また、どんな女性が身に着けていたのか…、ハプスブルク家支配下だったこの時代のチロル地方は、銀や銅、塩の高山で富を築いていたとされ、地元貴族も潤っていたようですが、ブラの素材は高価な絹ではなくリネン製であることから、城の持ち主ではなくて中流貴族の奥方やお付き女性が手作りで身に着けていたのではないか・・・と推測されているんだそうです。

同じところからは15世紀のものみられる男性用のパンツも一つ見つかったそうで・・・(笑)
腰の部分を細いひもで結ぶ「ひもパン」そっくりだそうです!
専門家によると、当時のパンツは股間を強調するため局部を隠す布をできるだけ小さくするのが流行りだったそうです・・・
けれど女性用のパンツは発見されず、これは、中世の時代、欧州の女性は売/●/婦などを除いて下半身に下着をつけていなかったと考えられていて、パンツは「力の象徴」で家長である男性の特権とされていたからだということです。
**男性は大きく、女性は小さく・・・ふーん・・・てか、ひもパン・・・ですかっ!

中世の生活スタイルや文化にあこがれるマニアにはたまらん発見だそうで、はやくも最古のブラを復元して見に着けたいとかパンツの型紙が欲しいという問い合わせがさっとうしているんだそうです!
他方では、この発見にやきもきしているところも・・・。
ドイツ南西部シュツットガルト市バトカンシュタット地区のコルセット工場がブラを大量生産はじめた「ブラ発祥の地」を自負していて、2014年100周年を迎えるのだそうです。100周年を前に地元博物館でブラジャー展を開催するなどして盛り上げようとしているところだったようで、その矢先のありゃりゃーー!な発見・・・発見にたまたま変り種のものが見つかっただけで当時の人が一般的に身につけていたかどうかわからないと博物館の館長さんは譲らないとのことです・・・

現代のブラジャーの起源には諸説があるようですが、コルセットが広まる以前の中世の書物に「乳房を収める袋付きのシャツ」などの記述があるだけで実態はよくわかっていなかったようです。
ブラジャーの歴史は、古代ローマ、古代ギリシャまでさかのぼるらしく、イタリア南部で見つかったモザイク画に布を巻いた女性の姿が描かれているだそうです。

善徳のお話をちょこっとしていますが、日本でもお隣でもブラジャーに変わるものはどんなものだったんでしょうねー。
ドラマでは、トンマンが男装のため胸にさらしを巻いていたシーンがあるのを思い出します。
ソファが洞窟で生まれたばかりのトンマンに胸を吸わせるシーンがありますが、割と簡単に胸がはだけていますよね・・・。
あとは、ミシルが赤のすけすけを着ている湯あみ?シーンですが、あれは下着の一環とみていいのでしょうか。

チョンミョンがジウン尼となっての尼僧姿、お胸のあたりのふくらみがなかなかの物をお持ちv(実際ダイナマイトな女優さんですけど)、なのが頭に浮かんできましたが・・・ちょこっと本(韓国服飾文化事典)を読んでみましたら朝鮮時代に下着が多様化してソク・パジ、ソク・チマ、ソッコッ、ソク・ソッコッ、タン・ソッコッと重ねて着用してパンツ替わり?な記述とちょっとした絵はあるんですが、ブラ替わりになるようなのはよくわかりませんでした・・・。貸出不可の本だったのできちんと全部読み込めてないのと、ぱらぱらめくっては個人的にコピーしとこ!と思ったところだけ手元にあるだけなんで見落としてると思いますが・・・下着に関することは少ないですね。

新羅は法興王時代には身分によって着用する色が決められたり、興徳王の時代には服飾禁制が定められて、身に着けるものが階級によって決められたこともあって自由がきかなかったかもしれませんが、中世のヨーロッパでは身近に手が入るリネンで肌に直接身に着けるものを色々と工夫しながら手作りしていたのかと思うと、個人的に目に留まってしまったとっても興味深い記事でした!

あ、自分とこの国はどうだったんだろう、知っとくべきかなーと日本の服飾関係の資料室にあった貸出不可の本やその他の内容の本を少しコピーしたんですが、ちょっと急いでたこともあって折角コピーしたものをコピー機に置きっぱなしで帰ってきちゃったという・・・あいたたたーってことをこの間やらかしちゃったんですよねえ・・・あぅ。



【10/16訂正とお詫び】

映画『ブーリン家の姉妹』のとあるシーンについてちょこっとお話してるところがありますが、記憶の中でどうも他の作品と一緒くたにしてしまってたらしく、ちょいと見直して観ましたら記事に書いたようなシーンはありませんでしたー(><;)
映画の序盤のシーンで花嫁となるメアリーが女中さんたちに体を清められ、下着(?)を身に着けコルセット状の衣装を着けるスカー☆ット・ヨハン/ソンのお綺麗なシーンがございます~
ちなみに、アンの戴冠式の直前のシーンでメアリーがアンの衣装の背中あたりのひも(?)を結んでいるシーンがあるんですが、そんなキュッキュッと結んでいないんですよね…、でもって胸が強調されるわけでない…(汗)
いやあー・・・記事UPする前にちゃんとチェックしとけよ!てか、どんな記憶力しとんねんw!なことで…あんまりな間違いなもんで訂正いたしました…。
ええかげんな管理人ですみません・・・m(_ _)m
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コメント
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dot 2012.10.07 13:26 | 編集
げん様、こんばんは!

日本では多分、ブラジャーはなかったかと思います。それで動くたびに乳房がぶつかりあって運動になっていたから授乳時のマッサージはいらなかった、などと、どこかで聞いたような(母親学級?)。今でも、着物を着るときはブラジャーをつけませんよね。帯を締める邪魔になりますから。
パンツもなくて、「腰巻」が代用をしていたと思われます。それで大昔の「しろきや」の火事の際、2階から飛び降りることができなかった女性たち(パンツがないのであそこが丸見えになるのを恥らった)が大勢亡くなったと、どこぞで聞きました(真偽不明)。

さて、トンマンの「さらし」ですが、実は素材がなんだったのか、すごく興味があります。「綿」はまだかなりの高級品だったはず。ですが、当時おそらくは一般的だった「麻」だと、肌触り悪そうだし。絹なのでしょうか。
midorindot 2012.10.23 20:50 | 編集
midorin様 今晩はw

そうですねww着物が主流だったころはブラジャーやパンツってなかったんですよねー。今じゃ和装用のブラジャーもあるようですw
すっかり箪笥の肥やしと化している着物ですが…、着物を着付けてもらった時、私はなんとなく長襦袢だけってのがいやで、ワイヤーがなきゃいいかなと思ってスポーツブラをしてましたー。

「しろきや」の火事の一件でズロースを履くようになったらしいという話は、『パンツが見える 羞恥心の現代史(井上章一著)』という本に取り上げられていて、たくさん集まった野次馬にあそこをさらしちゃうのは恥ずかしくっていやだー!てことが本当の原因か?それでズロースが普及したのか?ってことなんかをわりと軽妙な語り口で語られていまして…さらっと読める本ですw

>トンマンのさらしの素材

おお!さらしの素材が何かって気にしてませんでしたー。ざっくりと貴族は絹、庶民は麻かなって思うんですが、麻だと確かにごわごわと肌触り悪そうですよね。郎徒時代はユシンの厳しい修練で擦り傷とか絶えなかったと思うんですが、激しく動くだけでも麻のごわごわでトンマンの柔肌が擦れて痛いかもwしれないですね・・・おおぅ。当時は税として納める対象だったりしたのかもしれませんが、「綿」に高級品イメージって湧きませんねー。

ちなみに、トンマンの時代より先の統一新羅の服飾禁制をまとめた表の平民女子の欄をみてみたら、表衣は「綿紬布を使用」で、内衣は「(読めずにほったらかしてる漢字一文字)絹綿紬を使用」とありまして、表裳は「絹を使用」とありました。
コピーしたっきりにしてたんですが(笑)、改めて見ると麻の表記ってないんだな…って気づきました。
げんこつdot 2012.10.24 23:41 | 編集
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