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2012
07.03

『ゆるす』

Category: 未分類
新聞の週末の特別版に連載されている100歳を超えるお医者さん、日野原重明さんのコラムを読んでいます。
いつだったか…。『「ゆるす」ということ』という題名の記事が心に沁みまして珍しくスクラップしてとっていました。911テロの遺族女性の話を例に「ゆるす」ということを語る内容でした。

以下、その内容の一部を引用いたします。

「ゆるす」という言葉には、「許す」「赦す」「恕す」などの漢字が用いられます。この中で私は「恕」という漢字にひかれます。
中国で古くから使われる仏教用語の「寛恕」という言葉に通じるからです。
「恕」には本来、「おもいやり」の意味があります。「心」の上に「如し」をかぶせている字の成り立ちから、相手のことを、自分のことのように考えることだと、私は思っています。自分と同じく、他人も過ちを犯す人間であり、他人から、そして仏から「恕される」ように自分も他人を広い心で「恕す」ことが、寛恕だと思うのです。
「恕す」という漢字を私はこのコラムの記事で知りました。
そして、大好きなドラマである「善徳女王」で、「ゆるす」という言葉を使うならばこの「恕す」なんじゃないかな…と思いました。

「ゆるす」という言葉をネットでも求めましたら、心理学のページにもこの3つの言葉について述べられておりました。

「赦す」・・・罪を赦す
「許す」・・・何かをすることを認める
「恕す」・・・思いやりの心で罪や過ちを恕す

「相手を赦す」「自分を許す」「すべてを恕す」と説いて、

相手の罪を赦すことは、あなたが憎しみや怒りにとらわれずに安らかな気持ちで生きることを、あなた自身に許可すること。赦しと許しを経て、恕しに至るのではないか…とありました。


7月2日、テレ東で「善徳女王」が最終回を迎えました。週5日放送だと62話もあって長いと思っていてもあっという間ですねー。

ピダムの乱が起き、それを鎮圧することを王としての最後の仕事とし、後のことを引き継いだ後、新羅の天と地を眺めながらトンマンはこの世の生を閉じました。

新羅の民を巻き込んだ最愛の人が起こした内乱です。初めはトンマンの怒りは激しかったのかもしれませんが、ユシンから本当に良いのかと尋ねられてのトンマンの表情、自分を求めて最期の歩みを進めるピダムを見つめるトンマンの表情などからは、ピダムの罪を赦し、やがて恕しに至ったトンマンが見えるような気がします…。
ただし、「安らかな気持ちで生きることを、あなた自身に許可すること」という自分に対しての許しはなかなかできなかったんではないでしょうか…。王として、トンマン自身として、も。
「トンマナ」というピダムの遺した最期の言葉が、ようやくトンマンがトンマンを許すということをさせたんではないかな…なんて思いました。
なんか、いろいろと言葉を借りてきたりしても、うまく話しすることができませんね…。

最終回のタイトルは「終わりの始まり」でした。
ムンノを探し求めてタクラマカン砂漠からマンノ郡に到着したトンマンを抱きしめる喪服を着た女性。
彼女のターニングポイントといえるこの場面にきっと何度も戻ってきたとしても、「引き返せ」と言うことは決してなく、ただ抱きしめ、これから厳しい道を歩んでいく「トンマン」にエールを贈り微笑むことを繰り返すんでしょうね。それは、トンマンがすべてを恕すことができたからなのではないかな…なんて思うんです。
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コメント
げんさんへ

こんにちは(^3^)/
TV東京版最終回「終わりの始まり」
そーだったんですね~
そーか、あの象徴的なシーンのことを言っていたんですね!
と、冷静になって考えれば誰でも解ることなのに…(((^_^;)
ピダム(ナムギル)のことしか頭にないテヤン的には…あの世でもう一回お願いしますbyピダム、的な考えしか出来なかった「終わりの始まり」
もう、おバカだなぁーーとしか言えません(^-^ゞ

『ゆるす』←そのゆるすの変換ができません(ToT)
ピダムをゆるすことによってトンマン自分自身をゆるし、ピダムの最期の言葉がトンマンを開放出来たのなら、ピダムはあの世で喜んでいますね!

↑全てがそこ(ピダム)へ行ってるテヤンをおゆるし下さいね~
素敵な記事、ありがとうございましたm(__)m



テヤンdot 2012.07.04 09:44 | 編集
テヤンさん こんばんは~vv

カットバンバンと分かりつつ、ラストあたりの話はDVDで一番よく観たんでカット部分は脳内で補完しながらテレ東の最終回を観ちゃいました。
「終わりの始まり」というタイトルが付けれらていたんだーと知ったんですが、結構好きです、このタイトル。

この「終わりの始まり」がラストのシーンのことを言及しているかどうか…は、ホントのところはよくわかんないです。
多くの人を得てこその王でありながら自分という人をなくしてしまうという生き方を、憐れむでもなく慰めるでもなくトンマン自身が認めることができた言葉が、ピダムの最期の言葉であったなら、トンマンにとってピダムはやはり必要な人であったと思います。そんな人を哀しい形ではありますが、トンマンは得ることができたと思いますし、だからこそトンマンを微笑みながら送り出したんかなーと思ったりします…。

お世話になっている皆さんのSSや考察、レビューで、自分の中で言葉にできずにいた感覚的な部分をしっかりと表現されているものを読ませていただいて、共感したり納得させてもらっています。自分なりの言葉に直してみようとしても、なんともぼんやりとした内容になっているように思えるのですが、読んでいただいてコメントをくださって嬉しいです。

「恕す」への変換、「ゆるす」では変換できませんねー…。私も記事では「寛恕(かんじょ)」で字を出しつつ書くという、ちょこっとめんどくさいことしてました(笑)

すべてがピダム@ナムギルさんにいくのは、テヤンさんらしくていいじゃないですか(笑)すべてがトンマン!にいくピダムみたいです…。ふふふっv
げんこつdot 2012.07.05 22:47 | 編集
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