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2013
11.29

髪飾りを挿す位置は

Category: 善徳女王関連
クンモリトンマン

いきなり合成画像でございます。
いつかまた、ヨウォンさんが時代劇に挑戦される日が来たら、こんな王妃様のお姿を見ることができるでしょうか…。
あ、朝鮮王朝時代の本などを見ていてですね、トンマンの髪飾りを挿し方、その形態って、この時代の装飾を参考にしたのかな…と、ふともっそ単純なことを思って書いてたものを出してみます~。






最初の合成画像の髪型は、頭に赤玉ねぎのようなソムチョクテゥリ(中に綿をつめたもの)を被り、その上に髢(かもじ・カチェ:以下カチェ)で編んだ髪を巻くように載せて装飾したオヨモリという髪型に、ドイツのお菓子プレッチェルみたいな木で作った髪に見せたものを載せた、朝鮮王朝時代、官中において儀式の際にした「クンモリ」というのだそうです。

女性のこういったカチェを使って髪を巻くあげ髪という髪型は、今テレ東で放映されているイ・サン(正祖)の英祖時代(1700年代中頃~。日本は江戸時代)から、髪制改革で禁止されるようになり、代わりに頭の後ろで髪をまとめるまげ髪という髪型に移り変わったそうです。そして、それに合わせて、女性のおしゃれはカチェで髪を盛ることから簪へと変わり、その形態が多彩なものになったようです。

【簪の種類いろいろ…】

☆チョプチ(첩지)
チョプチ

英祖時代からチョクチンモリというまげ髪をするようになって、装飾するようになった髪飾り。
官中をはじめ上流階級の女性特有の髪飾り。身分によって、形態や装飾・素材が決められており、官中では常に身に着けることにより身分を示したもの。
中央で分けた髪の頭頂部に置いて、左右についているつけ毛で固定する。
     
☆ピニョ(비녀)
ピニョ

一般的に簪(ジャム)・釵(チェ)と言われるもので、三国時代から使用されていた装身具。
英祖時代から、ピニョの種類が多様化して、形態や素材から身分の識別ができ、季節によっても様々なものが使わい分けられるようになった。
素材は金・銀・真鍮・真珠・翡翠・瓔珞から竹・角・骨など。ピニョの頭頂部の飾りは、龍・鳳凰・鴛鴦・梅・牡丹・柘榴など。

☆ティコジ(뒤꽂이)
ティコジ-1クィケ・ティコジコチ-2コチ-1

後ろで髪を束ねた髷の上に装飾するように挿した簪。
뒤꽂이は、後ろ挿しという意味があるようで、の後ろという意味のティ(뒤)を外せば、挿す(?)と意味になるはずのコジ(꽂이:コチ?)が、なじみのある簪に近い感じ。
髪の分け目や毛筋を整えるピッチゲ(毛筋たて:빗치개) や クィケ(耳かき:귀이개)として実用的な使い方のできる組み合わせのものがある。
どうでもいいことですが、チョンミョンがしていた髪飾り、蝶々のモチーフだと分かる前は、相撲の行司さんがもってる軍配?って思ってましたー。こうして見ると蝶々なんだなあ~。

☆トルジャム(떨잠)
トルジャム

儀式の際、王妃をはじめ上流階級の婦女子がクンモリ・オヨモリの中心部・左右両側に挿したもの。
円形・角形・蝶型の玉板に七宝・真珠・珊瑚などを飾り付けたものに、金銀糸の細いバネの先に金・ぎん製の花や鳥などをつけて、動くと揺れる装飾効果のある華やかな簪。


こんな感じで朝鮮王朝時代となると資料は色々と揃うようですが、三国時代の新羅の髪を結う様式は「北史」「隋書」「唐書」の記録くらいで資料が少なく、未婚女性は髪を編んで後ろに垂らし、既婚女性は編んだ髪を二つに分けて頭上に結い上げるあげ髪が主流であったとみられているようです。
また、「三国史記」には、カチェが輸出されていた記録があるほど、新羅の女性の髪は黒く長く美しかったそうで、髪を美しく結うのを楽しむためにも、カチェが利用されるようにになったのではないかと推測できるそうです。
公主様の髪型は、この時代の女性を主人公にした初めてのドラマとして、美術や衣装関係の時代考証をきっちりしつつ、ドラマらしく華やかな感じにうまくアレンジして考え出された髪型なんですね。

トンマン髪型-1トンマン髪型-2トンマン髪型-3

そして、カチェには簪が、頭頂部、左右両耳の上部分、後頭部につけられてます。
簪は、「釵」(琉球古武術で使用される武器の1つ。釵という漢字は本来「かんざし」 の意味。wikiより)という言葉が「三国史記」でみられることから、三国時代から使われていたのではと推測されているようです。
日本でも古墳時代や縄文時代の古墳から一本足の簪が見つかっているようなので、結った髪を固定し安定させるヘアピンの役目をするものとして、オシャレという装飾の意味合いで簪が使われていたのかはわかりませんが、存在していたと思われます。
また、古代の日本では、神にささげる玉串を例に、先のとがった1本の細い棒に呪力が宿るものとして髪に挿すことによって悪魔を払うことができると信じられていたそうです。これが髪串というもので、髪串を何本も束ねたものが櫛に、一つの髪串が簪に発展していったのではないかと考えられているそうです。
お隣においても、陰暦5月5日端午の日に菖蒲の根を削って簪を作り髪に挿す,災厄を祓う風習があるそうで、同じ厄除けの意味が簪にはあるようです。

簪-1簪-2

29話の公主戴冠式の準備にて、カチェに普段身に着けていた鳳凰の羽の簪を挿す場面なんですが、挿す部分が二本足になっています。隋・唐の時代になると、当時の高く結い上げる様式の髪型を固定させるには、一本足の簪よりも二本足の簪の方が安定することから流行り出して、日本に入ってきたそうなので、新羅にもそういった形のものが入ってきていたかもしれないですね。
ところで、公主戴冠式のときは、真横に挿していますが、二本足の部分、けっこうな長さですよね。普段身に着けていたものと同じものだとしたら、耳の少し上の位置から縦に垂直に挿すことになるので、二本足の先の部分が耳の後ろに飛び出しちゃいそうな…。耳の上部分から若干後ろ側に縦方向ななめに挿していたんでしょうか…。もしくは二本足部分を飾り部分と直角に折り曲げて挿してたんでしょうかね~。
そしてこの両耳の上に左右に挿しているのは、カチェを安定するために挿しているというよりは、装飾の意味合いで挿していますよね、たぶん。
簪を目立つように挿すとすれば、この位置になっちゃうのかなと思いますが、朝鮮王朝時代の儀式に参列する王妃たちがクンモリ、オヨモリの髪型に、頭頂部と左右の耳辺りに挿していた、トルジャムという簪の挿し方を参考にして、この位置に鳳凰の羽の簪を挿すようになったんかな…と思ったりしています。
また、「簪」を翻訳機で韓国語にすると、「ピニョ」になるんですが、トンマンがしているものは、同じ簪でも、「コジ(コチ)」、「ティコジ」と呼ぶほうがしっくりくる感じです。




《参考》

「韓国服飾文化史」  柳喜卿 著 朴京子著 源流社
「韓国服飾考」  李如星書 金井塚良一訳 三一書房
「韓国服飾文化事典」  金英淑編著 中村克哉訳 東方出版
「朝鮮王朝の衣装と装身具」  張淑著 原田美佳訳 淡交社
「日本の髪型と髪飾りの歴史」  橋本澄子著書 源流社



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コメント
かわいい公主様の体当たりを受け止めようと待ち構えたら、黒い花郎に宇宙の果てまでぶっ飛ばされて、やっと戻ってみれば医女さんも走る?師走になっていました(T_T)こんばんは、げんさん。いつも、なんとなく見ていた簪ひとつとっても、奥が深いですね、とても興味深いく読ませてもらいました(^_^)vありがとうございます。
ゆうぞうdot 2013.12.04 22:07 | 編集
ゆうぞうさん 今晩はーw

おお、公主様とPさんの間に果敢に入りこんでぶっ飛ばされたゆうぞうさん、お帰りなさいませ~(笑)
そうですねえ…、ゆうぞうさんが宇宙遊泳中(?)の間に師走になりましたね。一年が早~い…。 寒さも本格的になってきますし、体調を崩されないようお過ごしくださいね!

簪の記事、読んでくださったんですね!こちらこそいつもありがとうございますv
簪は、身分によって身に付けられる素材や形があったり、日本のものとはまた違った味わいだったりして、華やかで見てるだけでも楽しいです。
トンマンの時代に毛筋立てや耳かきにもなるような実用的な簪があったら、カチェをしている頭をちょいとカキカキしたいときに使ってたかな…と変な生活じみたことを思ったりしちゃってます…(笑)

げんこつdot 2013.12.06 21:40 | 編集
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dot 2013.12.07 20:33 | 編集
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